第14話 見透かされた心
ベタな展開にハンカチを見つめながら、思わず笑ってしまった。
隣で泣いたり、笑ったりする女の横に座ってしまった誠が可哀想で、それも考えると、笑いが込み上げて来た。
「すいません、なんか、バーで泣いて、
優しく聞いてくれる男の人から、ハンカチそっともらって、
ベタな展開で、私また、このまま流されて、
またなんか痛い目あって、泣くのかなって、
ぶわっ!って未来がみえた気がして、
笑えてきて、すいません」
私は、誠のハンカチを使わずにカバンからハンカチを取り出して、涙を拭いた。
「ありがとうございます。汚れたら、悪いので」
私は、誠にハンカチをそっと返した。
誠は、そっとハンカチを受け取ると、ロックグラスのウィスキーをグッと飲み干した。
「さつきちゃんは、相手に期待しすぎるんじゃないかな」
誠がぼそっと言った。
私の全身に稲妻が走った。
「え?」
私はハンカチで口を覆いながら、誠を見た。
誠は、真っ直ぐに私の目を見て言った。
「自分は人に流されるって言うけど、
実際は、流されているというより、自分の中の理想があって、
その理想に相手をはめようとして、
相手に自分の気持ちを全て言わない、伝えないのに、
察してほしい、わかってほしい、って思いがどこかにあって、
過度に期待しちゃうんだけど、
うまくいかない…みたいな感じかな」
誠は、少し微笑んで続けた。
「ごめんね。嫌な言い方して。
僕がそうだったから。だから、まぁ、
うまくいかなくなって、最近離婚したんだよ。
まぁ、ずっと僕が過度に奥さんに理想を押し付けていたのかもしれないし、
口下手だから、伝えないでも、察してほしいとか、
お互い、期待しすぎて、疲れちゃったのかもしれないな」
誠は、軽く手を上げて、からのロックグラスを亮介に見せた。
他のお客さんの相手をしていた亮介が忙しそうに戻って来た。
「どう?盛り上がってる?」
亮介がまた眩しい笑顔で言う。
目が腫れて、ハンカチを握りしめている私を見て少し慌てた様子で続けた。
「ちょっと!誠さんーさつきちゃん、いじめないでよー」
亮介が誠のロックグラスを取って、新しいグラスに氷を入れた。
「あ、ごめんね。あの、僕は、その、あんまりね、ちゃんと伝えるのが上手くなくて」
誠が申し訳なさそうに言った。
「あ、いえ、全然!ありがとうございます。本当にその、その通り過ぎて、言葉を失ってしまって」
私は正直に伝えた。
ここまでハッキリと自分の感情を言い当てられた事もなかったし、
異性で年齢も20ぐらいは、離れているだろうという年上の男も私と同じ悩みを抱えていた事に驚いた。
「まぁ、どんな話しか、わかんないけど、いいんだよ。さつきちゃん、考え過ぎ。
考えたってさ、いっぱい悩んで考えたって、
道は結局決まってるんだし、
やっぱ、人生、自分しかいないから。切りひらいていくのは!
だから、自分を好きになって、自分のためだけに、わがままに、ありのままに生きるのが一番って事。
自分を理解してくれない奴からは、とことん離れた方がいいよ。
時間の無駄。一回きりの人生、自分を大事にしてくれる人と過ごすのが一番。
はい、マッカランでございますー」
亮介が誠の前にロックグラスをそっと置いた。
「あぁ!ごめん!いくね!」
亮介は、テーブルの席に呼ばれて、行ってしまった。
気がつくとお店は大盛況で、席が埋まっていた。色んな顔馴染みの常連が入れ替わり立ち替わり、マスターにお祝いの品物を渡していた。
私はふと我に返り、時計をみた。
0.6の視力と慣れない雰囲気で飲む濃いめのハイボールで、時計の文字が歪む。
「あ、もう23時だけど、大丈夫?電車だよね?」
誠が心配そうに少し慌てて言った。
「え?!23時?!」
私は思わず、少し大きな声で言った。
「今から、まだ電車間に合うんじゃない?駅、すぐそこだから」
誠が心配そうに続けた。
「え?駅すぐそこなんですか?
あの、ここは、すいません。どこの駅ですか?
あの、渋谷駅からどんどん1人で歩いて…迷ってしまって…
それで亮介さんにたまたま声かけてもらって、
渋谷駅聞いたら、すごい遠くまで来ていたみたいで…」
誠が驚いた顔で、少しするとクスッと笑った。
「いや、ここ渋谷駅の裏だから。すぐそこだよ」
私は、目を丸くさせ、しばらく止まっていた。
「亮介にまんまと騙されたって事かな。いや、でも、心配だったのかもね。さつきちゃんが。僕から怒っておくよ」
誠は、少し申し訳なさそうに言った。
「あ、いえ、だ、大丈夫です」
私は、ハンカチをカバンにしまって、財布を掴んだ。
ー帰りたくないー
財布を掴んだ瞬間に頭の中で自分の声が聞こえた。
この雰囲気、楽しそうな人の声、絶対に1人で来ることのない、
おしゃれなバー、普段絶対出会わないであろう人々、
何よりも、自分を全て見透かしている年上の男、
ましてや、私と同じ悩みを持つ男、
天使のような亮介、
私をもっと見透かしているマスターの男、
ここで帰ったら、もう二度と、今日のこの瞬間は味わえないと思った。
「あの、だ、大丈夫です。家、近いんで」
誠のそばにいたくて、まだ、もう少し、彼を知りたくて、私はとっさに嘘をついた。
握りしめた財布をそっと離してカバンを閉じた。
「あ、そうなの。良かった。じゃぁ、まだ飲めるね」
誠はロックグラスを持ち上げて、乾杯の仕草をした。
私もハイボールグラスで乾杯の仕草を返した。