
第19話「約束のテーブル」
スマホを握りしめたまま、指が震えていた。
——言わなきゃ。
でも、送った瞬間にすべてが壊れるかもしれない。
それでも私は、深呼吸をして、短い言葉を打ち込んだ。
『誠、話したいことがあるの。会えないかな?』
数分後、既読の文字がつく。
胸が破裂しそうなほどに鼓動が速くなる。
『わかった。ちょうど話したいことがあったんだ。いつもの店で会おう』
“ちょうど話したいことがあった”
その一文に、胸がざわついた。
良いこと?悪いこと?
頭の中でシナリオがいくつも流れては消えていく。
――
約束の日。
私は早めにレストランに着いた。
白いクロスのテーブルに座り、ナプキンを広げても落ち着かない。
水のグラスの中の氷が溶ける音がやけに耳についた。
「……遅いな」
時計を見ては、また視線を外す。
ようやく入口から誠が現れた。
スーツ姿なのに、いつもよりネクタイが少し曲がっていて、落ち着かない雰囲気が漂っていた。
「ごめん、遅くなった」
席につく彼は、笑顔を作ろうとしているのに、表情は固い。
「大丈夫。私もさっき来たとこだし」
私は必死に声を明るくした。
メニューを開くふりをしながら、彼の視線を盗み見る。
いつもの余裕ある目じゃない。
何かを言い出そうと、心の中で何度も言葉を反芻しているみたいな目。
「誠……?」
「……楓」
彼は水を一口飲んで、深く息を吐いた。
「今日は、ちゃんと話さなきゃいけないことがある」
胸がドクンと鳴る。
私も、伝えなきゃいけないことがあるのに。
お互いの言葉が衝突する前触れのようで、手が震えた。
——この夜、何かが大きく変わる。
そう直感しながら、私は彼の言葉を待った。