第8話 ダビデ像
「あ、いえ、別に。い、いただきます」
私は、そっとグラスに口をつけて少しだけ飲んだ。
「どう?」
亮介は、無邪気な笑顔でウキウキしながら私の返事を待っている様子だった。
「お、おいしいです。すごく」
本当は、喉が乾きすぎて、一気に飲み干したかったがグッとこらえた。
私は彼にウソをついていた。
お酒が弱いと伝えていたが、それは全部嘘だった。
私の唯一の自慢できるところは、ざるのようにお酒を飲んで浴びても、酔わないところだった。
昔、合コンで出会った男がお持ち帰り目的で、強いカクテルやショットを私に飲ませたが、男の方が先に倒れていた。
私は、全くふらつくこともなく、床に倒れこむ男を雑にまたいで始発で帰ったことを思い出していた。
「渋谷は、よく来るの?」
カクテルで使ったボトルを棚になおしながら、亮介が言った。
「あ、いえ、全然こなくて。久しぶりに来たら、その、迷ってしまって」
私は、そっと二口目を飲んだ。
「じゃぁ、迷った先に見つけた場所だったんだね。まさに運命デスティニーだね」
亮介は、ニコッと微笑みながら言った。デスティニー(Destiny:運命)、私が探し求めて全然つかめないもの、諦めようとしても諦められないもの。
手に入れようとしても手に入らないものが今カクテルとして、目の前にいるのか。
カクテルじゃなくて、運命の男をくれよ。
私は、むなしくなって、残りのカクテルをぐっと飲み干した。
亮介がカウンターの下の冷蔵庫から立ち上がってグラスを見て驚いていた。
「えー、もう飲んだの?!なんだーいける口じゃーん。いや、僕のカクテルが美味しいってことか!次、何飲む?」
亮介が嬉しそうに別のカクテルのボトルを手にもって、見せながら言った。
「あ、じゃぁ、それを」
何のボトルなのか、よくわからないけど、何でもいいから飲みたい気分だった。
「はい!心をこめて作ります!」
亮介が弾むような声で手際よくカクテルグラスを取り出す、
カクテルを作る彼をボーっと見つめる。
真っ白の襟つきのシャツは、ピシッとアイロンがかけられていて、指は細くてきれいだけど、
カクテルシェーカーをリズムよく振る彼の腕や、胸元や腰のラインは、
学生時代に美術の教科書で見たダビデ像のように美しかった。
「ふっっ」
渋い笑い声が聞こえた。カウンターの端で、マスターが私の顔を見て、にやついていた。
私は我に返って、亮介から目をそらした。
目をぱちぱちさせながら、全く興味のないコースターを手にとり、まじまじと眺めていた。
亮介をいやらしい目で見ていた自分の顔を見られたに違いない。
どんな顔をしていたのだろう。というか、そんな女ばかりが来るに違いない。
だから、マスターは、ふっと笑い、まーた引っ掛かった。って思って笑ったのだろう。
あーそうか!未来が見えた!見えたわ!
私は、このよくわからない男前のダビデ像亮介に恋して、コイツには、
もちのろんで、彼女が二人いて、いや、三人いて、いや五人いて、それで私は、六番目とかいう次元じゃないくらい相手にされなくて、
何か私は、毎回さみしくなると、このダンディでおしゃんてぃなバーに通って、
亮介に会いに来るけど、彼のまわりには、いつも女がいて、カウンターは女で埋め尽くされて、
座れない私は、後ろの小さなボックス席に一人座って、
どっから来たか分からんおっさんと飲みながら、
ダビデ像亮介を目の肥やしにしながら、遠目で酒をあびるようになるんだ。
「え、だ、大丈夫?」
亮介の声が聞こえた。