第7話 「Destiny 運命」
「ぼったくりバーじゃないから。大丈夫。酔わせてお金とったりしないよ。」
渋い声でマスターが言った。私の心の中の声が全て聞こえているようだった。
「えーマジ?そんな風に思ってたの?!やめてよー!まぁ、こんな金髪が無理やり店の中に引き込んだら怖いよね。」
金髪君は、カクテルグラスを取り出すと、
バーカウンターの下にある冷蔵庫の中を吟味していた。
「オレンジ好き?」
彼がカウンター越しにひょこっと顔を出して聞いてきた。
「あ、は、はい」
私は、全て心の中が見透かされた気分で、頬が赤くなっているのを隠すのに必死だった。
「じゃぁ、甘い美味しいオレンジのカクテル作ってあげるね」
彼が大きなオレンジを片手に手際よくスライスして、
棚にあるカクテルのボトルらしくものを取り出して、手慣れた様子で作り出した。
手持無沙汰な私は、店内をゆっくりと見まわした。
カウンター席が8席、カウンターの後ろに小さなテーブル席が2つ、店内には、
おしゃれなジャズが会話を邪魔しないぐらいの小さな音で流れていた。
小さなジャズの音楽と、彼が作るカクテルのシェーカーの音だけが店内に響き渡る。
マスターは、小さな小窓の外を渋い顔で眺めながら、グラスを拭いている。
私は、何も会話を切り出せない自分にモヤモヤしていた。
本当なら、”本当に今日は、ありがとうございました。
いやー今日は本当にすごく大変な一日だったんですよ!“とか、自分から会話を切り出して、
運命だと思った男が全然違って、前の人もそうだったしとか言って、盛り上がって、
今日の自分を見知らぬ人と笑えるような人間だったらと自分の性格を悔やんだ。
でも、そんな性格だったなら、もっと私には友達や彼氏がいただろうけど、
小さい頃から自分から会話を生み出す能力がない自分と生きていたので、
今さら悔やんでもしょうがないと一人で自分の性格を振り返っている間に
私の目の前に眩しいキラキラしたオレンジのカクテルが置かれた。
スッと差し出されたカクテルグラスに添えられた彼の指は、真っ白で細く、爪もきれいに整えられていた。
「はい、お待たせしました。開店お祝い記念、亮介、特製のハッピーデスティニーです!」
私は、ハッとなって、彼の顔を見つめた。
「ん?どうしたの?」
金髪君と呼んでいた彼は、亮介という名前だった。
2年前に別れた元カレと同じ名前だった。