第11話 さつき
亮介が手際よく、何杯目かわからない私のハイボールを作りながら、
「誠さん、彼女、新入りさんなんです。僕がさっき、声かけて無理やり入ってもらったんです。あ、そういえば、名前は〜なんて呼んだらいい?本名じゃなくていいよ!」
と言った。
私が名前を言おうとした瞬間、本名じゃなくていいと言われて戸惑った。
「さつき、さつきじゃない?」
亮介がグラスに入れた氷をかき混ぜながら、閃いたように私の顔を見て言った。
「それは、誠さんが許さないんじゃない?」
カウンターの裏から木箱を持ってきて、そっとカウンターに置きながら、マスターが言った。
「さつきは、ダメだよ」
第二のダンディな声で誠が少しむせながら言った。
「あーそっか、ダメだ。さつきはダメ!ごめんなさい!誠さん!」
マスターは、木箱からウィスキーのロックグラスを取り出して、カウンターに置いた。
三人で盛り上がるその様子は、内輪ネタで盛り上がる男子高校生のようだった。
「さつきちゃんは、誠さんの大事な初恋の人ですもんね」
亮介が誠の顔を嬉しそうにのぞき込んで言った。
「やめなさい」
誠は、少し照れくさそうに言った。
「誠さん、中学と高校と6年間も想い続けたのに告白しなかったんですよね?僕だったら、無理だなぁーそんな純愛できないなぁ、好きになったら、すぐに伝えたいですもん」
亮介が氷を丸く削りながら言った。誠は、ただ黙って照れくさそうに天井を見上げていた。
「さつきでいいです。いえ、さつきがいいです」
私は、お酒の勢いもあって、誠をチラッと見て言った。
誠は、私が想像していたよりかは、少し老けていた。
年齢は、50代ぐらいだろうか。
細い目と高い鼻とキッチリと整えられたスーツに身を包む、いかにもイケてるビジネスマンだった。
少し背中を曲げて、カウンターに座る姿から何ともいえない哀愁が漂っていた。
「えー⁈さつきかぁ?誠さん大丈夫?」
亮介は、悪ガキのように微笑みながら、誠にウィスキーのロックグラスを差し出して言った。
「亮介、お前わざとだろ。ったく、別に俺は何でもいいよ」
誠は、よほど喉が渇いていたのだろう。出されたマッカランのロックをグイッと飲み干した。
「じゃぁ、さつきね。今日から君の名前はさつき!」
亮介が嬉しそうにハイボールを差し出して言った。