
第58話「告げられた行き先」
「ちょっと悪い、買い出しに行ってくるわ」
亮介がカウンターの奥から声をかけ、軽く手を振って出ていった。
扉のベルがチリンと鳴り、店内に静けさが落ちる。
残されたのは、私と瑞稀。
どこか落ち着かない気持ちでグラスを指でなぞっていると、瑞稀が口を開いた。
「楓さんってさ、亮介のこと、どれくらい知ってるの?」
唐突な質問に、私は一瞬言葉を詰まらせた。
「えっと……常連で、よく話してくれるバーテンダー……かな」
瑞稀はくすりと笑い、ストローを回した。
「そっか。亮介、モテるからさ。油断してると、すぐ他の女の人に持っていかれるよ」
冗談めかした声色だったけれど、瞳の奥に微かな棘が光っていた。
「……モテる、よね」
曖昧に笑い返しながらも、心臓が小さく跳ねた。
瑞稀は続ける。
「でもね、楓さん。亮介、もうすぐここを辞めるんだよ」
「……え?」
耳を疑った。
「あと二週間くらいで山形に帰るの。実家の酒屋を継ぐんだって。私、小さい頃から知ってるけど……あの人、意外と責任感あるんだよ」
グラスを持つ手が震えた。
頭の中で、亮介の笑顔と、これから去っていく姿が交互に浮かぶ。
「……そんな……全然聞いてない」
声がかすれていた。
瑞稀は少し得意げに微笑んだ。
「教えてなかったんだね。あの人らしいや」
私は胸の奥がぎゅっと締め付けられ、呼吸が浅くなっていくのを感じた。
——誠を失ったばかりなのに。
——今度は、亮介まで。
視界が滲み、グラスの中の氷がぼやけて揺れた。