
第72話「隠した本音」
亮介の真剣な眼差しに、胸の奥がぎゅっと締め付けられる。
「……でもな、楓のことも心配なんだ。強がってるけど、本当は無理してるの、分かるから」
その言葉が頭の中で何度も反響し、涙があふれそうになる。
私は、咄嗟に笑顔を作った。
「大丈夫だよ。……母にね、妊娠のことを話したの。そしたら、『帰って来て一緒に育てよう』って言ってくれて」
亮介が目を見開く。
「本当か? それなら安心だな……」
私は小さく頷いた。
——嘘だ。
本当は、母に妊娠のことなんて言えていない。
久しぶりにかけた電話で返ってきたのは、「お金を貸してくれへん?」という言葉だった。
あの瞬間、何も言えなくなった。
母にすら頼れない現実。
私がどれほど孤独かを、あらためて突きつけられた。
「一緒に育てよう」なんて優しい言葉を、母はきっと口にしない。
だから私は、嘘をついた。
せめて亮介には、安心してほしかったから。
「だから……亮介は気にしないで。山形に帰って酒屋を継ぐこと、応援するから」
私はできるだけ明るく言った。
亮介はじっと私を見つめ、少し戸惑いながらも微笑んだ。
「……楓がそう言うなら、頑張れる気がする」
その笑顔が眩しくて、胸が苦しくなる。
——置いて行かないで。
——ほんとは、そばにいてほしいのに。
心の中で必死に叫んでも、声にはできなかった。
私はただ笑顔を貼り付けたまま、泣きそうになる目を伏せた。