
第32話「深夜のベル」
ソファに顔を伏せたまま泣き疲れ、私はようやく顔を上げた。
テーブルの上にはスマホが転がっている。
誠の番号を表示したまま暗転した画面。
その冷たいガラスの表面に、腫れた自分の目が映り込んでいた。
「……もう、見たくない」
私はスマホを握りしめ、電源を切った。
通知も、着信も、何も届かないように。
そうしないと、心が壊れそうだった。
ベッドに潜り込み、毛布を頭まで引き寄せる。
体の奥から、まだ吐き気のような重さが抜けない。
それでも、泣き疲れた体はやがて眠りに落ちていった。
——どれくらい眠ったのだろう。
「ピンポーン」
突然、玄関のドアベルが鳴った。
夜の静寂を切り裂くような音に、心臓が大きく跳ねる。
夢かと思った。
でも、再び「ピンポーン」と響く音で、現実だと悟った。
玄関へ駆け寄り、ドアの向こうから聞き覚えのある声を耳にした。
「楓……俺だよ、亮介。開けてくれる?」
その声を聞いた瞬間、迷うことなくドアノブを回した。
ドアを開けると、そこには心配そうな顔の亮介が立っていた。
髪は夜風で少し乱れ、手には紙袋を下げている。
「……よかった……」
彼は深く息を吐いた。
「何度も連絡したのに全然出ないから、何かあったんじゃないかって……。いてもたってもいられなくて、来た」
私は思わず目を伏せた。
スマホの電源を切っていたことを思い出し、胸が締めつけられる。
亮介は紙袋を軽く持ち上げて見せた。
「これ、フルーツ。妊婦さんでも食べやすいの、バーの常連さんが教えてくれてさ。元気出るかなって」
透明の袋の中には、彩りのきれいなカットフルーツの詰め合わせが見えた。
オレンジ、りんご、キウイ、そして苺。
胸の奥がじんわりと熱くなり、涙がまた溢れそうになる。
「……亮介……」
声にならない声が喉で震えた。
彼は何も言わず、ただ静かにその袋を差し出してくれた。