
第34話「吐き出した弱さ」
テーブルの上で、カットフルーツの容器が少しずつ軽くなっていく。
オレンジの甘い香りが部屋に広がり、苺の鮮やかな赤が目に心地よかった。
「……ねぇ」
私はフォークを止め、俯いたまま口を開いた。
「本当は、誠のこと……まだ忘れられないの」
亮介は驚いたように眉を動かしたけれど、すぐに真剣な眼差しで頷いた。
「うん」
「頭では分かってるの。もう無理だって。あの人には娘さんもいるし、過去から抜け出せてないのも知ってる。……でも、心がついていかなくて」
声が震える。
フォークを握った指先に力が入りすぎて、小さな手の震えまで伝わってしまいそうだった。
「いつも周りが結婚していって、焦ってばかり。派遣の仕事も続ける意味があるのか分からなくなって……結局、私は、結婚に逃げたいだけなんじゃないかって。自分でも嫌になる」
堪えていたものが溢れ、視界がにじむ。
「強くなりたいのに、弱い自分ばかりが顔を出すの。誠のこともそう。自分の未来もそう。……全部、怖い」
そこまで言ったところで声が詰まった。
嗚咽が込み上げて、言葉にならない。
亮介は何も言わなかった。
ただ、黙って私の正面でフルーツをつつきながら、耳を傾けてくれていた。
彼の沈黙は、責めるものでも、慰めるものでもなく、ただ「聞いてるよ」と伝える静かな存在感だった。
それが逆に、涙を止められなくしていった。
「……ごめんね。せっかく来てくれたのに、泣いてばっかりで」
亮介は軽く首を横に振った。
「泣きたいときに泣けるのは、強さだと思うけどな」
短く、それだけ言って、また視線を落とした。
彼が私をどう思っているのかは分からない。
でも、そのさりげない一言と、何も追及せずにいてくれる沈黙が、心の奥に沁み込んでいく。
私は涙を拭いながら、フォークを再び手に取った。
甘酸っぱい果汁が舌に広がり、胸の奥の重さがほんの少しだけ和らいでいくような気がした。