
第68話「揺れる三人」
沈黙の中、誠のスマホが突然震えた。
画面に映った名前を見て、彼は一瞬ためらう。
——亮介。
通話を取ると、切羽詰まった声が響いた。
「誠さん?! 楓と連絡が全然つかないんです! 昨日から……何かあったんですか?」
誠は視線を落とし、ベッドの上でうつむく私をちらりと見た。
「……大丈夫だ。今、病院にいる。命に別状はない」
「病院……? どこですか!」
亮介の声は焦りに震えていた。
誠は少し迷ったが、結局、病院名と病室を伝えた。
通話が切れると、部屋には再び静けさが戻った。
ほどなくして、勢いよくドアが開いた。
「楓!」
亮介が駆け込んできた。
その顔は汗で濡れ、息も荒い。
ベッドの私を見つけた瞬間、彼は一気に駆け寄り、そのまま私を強く抱きしめた。
「……良かった……本当に……良かった」
胸の中に飛び込んだ温もりに、心臓が大きく揺さぶられる。
驚きと安堵と、どうしようもない涙が一気に込み上げた。
私は震える声で「ごめん……」と呟いた。
その光景を、誠は黙って見つめていた。
二人の距離感。
亮介の真剣な眼差し。
そして、抱きしめられた楓が抵抗せず、涙を流している姿。
誠は思った。
——何かが、もう芽生えているのかもしれない。
胸の奥がざらつき、苦い感情が込み上げた。
けれど同時に、それが自然なことのようにも思えてしまう。
自分は楓の人生を背負えない、と言ったばかりだ。
その場所に、別の誰かが立つことを認めざるを得ないのかもしれない。
誠は深く息を吐き、視線を床に落とした。
病室には、亮介の震える声と、私のすすり泣く声だけが響いていた。