
第26話「ぎこちない朝食」
窓の隙間から差し込む朝の光が、カーテンを柔らかく透かしていた。
私はベッドの上で身を起こし、まだ床に座ったまま眠っている亮介を見つめた。
彼は浅い眠りの中で、時折まぶたをぴくりと震わせていた。
「……亮介」
そっと名前を呼ぶと、彼は小さく肩を動かして、ゆっくりと目を開けた。
「……あぁ、起きたか」
声は眠そうだったけれど、すぐに表情が緩んで、いつもの笑顔になった。
「体調はどう? まだ気持ち悪い?」
「ううん……大丈夫」
私は慌てて笑みを作った。
本当は不安でいっぱいだったけど、その言葉しか出てこなかった。
亮介はゆっくり立ち上がって伸びをすると、テーブルの紙袋を指差した。
「昨日、少し買ってきた。飲めそうなら後で試してみて」
胸が熱くなった。
「……ありがとう。ほんとに」
それだけ言うのが精一杯だった。
ありがとうの言葉に、全部の気持ちを押し込めた。
本当は「妊娠してるの」と打ち明けたかったのに、喉の奥が固く塞がって出てこない。
「よし、朝飯作るか」
亮介が勢いよく声を出した。
「さすがにカレーはもうダメだよな。卵とパンがあったはず」
「……あはは、そうだね」
笑って答えながらも、まだ昨夜の吐き気の記憶が残っていた。
それでも彼の気遣いが嬉しくて、口をつぐめなかった。
やがて、フライパンから香ばしい音が立ち、目玉焼きとトーストが並んだ。
「ほら、簡単だけど朝ごはん」
亮介は照れくさそうに皿を差し出した。
「ありがとう……」
手を合わせて口に運ぶ。
パンの温かさと卵のまろやかさが、夜の絶望を少しだけ遠ざけてくれた。
だけど、心の奥はまだ重たいまま。
誠の言葉。
お腹の中の小さな命。
そして、それを言えずにいる自分。
「楓」
亮介が私を見た。
「無理すんなよ」
その言葉に、胸の奥で何かがぎゅっと縮んだ。
「うん……分かってる」
でも、本当に分かってるのは亮介の方だ。
私が言えない秘密を、彼はもうとっくに気づいているのだろう。
ぎこちない朝食のテーブルで、笑顔と沈黙が交互に行き交った。
それでも——小さな安心感だけは確かにそこにあった。