
第25話「小さな朝の気配」
涙が止まらなくて、声が枯れるまで泣いたあと、気づけば私はベッドの上に横たわっていた。
亮介が毛布をかけてくれたのだろう。ほのかにシャンプーの匂いがして、胸の奥が少しだけ安心で満たされた。
「楓、少し寝ろ。俺、下で片付けしてるから」
最後に聞いた彼の声は、やさしくて静かだった。
その言葉を抱いたまま、私は深い眠りに落ちた。
——
目を覚ましたのは、夜明けの気配が部屋に差し込み始めた頃だった。
窓の外はまだ淡いグレーの空で、街のざわめきも始まっていない。
身体を起こすと、毛布からふわっと暖かい空気が抜けた。
そして視線の先に、小さな驚きがあった。
ベッドのすぐ下で、亮介が床に座り込んだまま眠っていた。
背中を壁に預け、腕を組んだまま、疲れきった顔で。
まるで私を守るように、ずっとそこにいてくれたみたいだった。
胸の奥がじんわり熱くなる。
——どうして、こんなにやさしいんだろう。
そう思うと、涙がまたにじんだ。
ふと、テーブルの上に目をやった。
そこには小さな紙袋が置かれていた。
中を覗くと、薬局で見たことのあるものが並んでいた。
ノンカフェインのハーブティー。
葉酸サプリの小箱。
そして、体を冷やさないようにと書かれた生姜入りのドリンクパック。
「……亮介……」
声に出すと、胸が詰まった。
彼は眠りながら、かすかに眉を動かした。
でも起きることはなく、安心しきった顔で呼吸を整えている。
私はそっと紙袋を抱きしめた。
嬉しいのに、切なくて、どうしていいか分からなかった。
誠にすら伝えられていない秘密を、亮介にだけは見透かされ、支えられている。
——こんな朝を迎えるなんて、思ってもいなかった。
静かな部屋の中、カーテンの隙間から差し込む光が、少しずつ二人を包み込んでいた。