
第51話「残る声」
私は振り返らず、そのまま駅へ向かって歩き出した。
けれど背中にはまだ、あの弾んだ声がこびりついている。
——「亮介ー!」
何度も、何度も頭の中で繰り返し再生されてしまう。
耳に残ったその響きは、無邪気で遠慮のない呼び方だった。
まるで昔からの知り合いか、家族のような親しさを含んでいた。
「……誰、なんだろう」
小さく呟いてみても、答えは出ない。
けれど、胸の奥に針のような不安が刺さり、歩くたびにちくりと疼いた。
——亮介には、私の知らない世界がある。
——私なんて、その中のほんの一部でしかないのかもしれない。
そう考え始めると、足取りが急に重たくなる。
ただでさえ誠のこと、子どものこと、自分の未来のこと……頭を抱えることばかりなのに。
そこへ新しい影が落ちてきたようで、心臓の鼓動がどんどん乱れていった。
会社のビルが見えてきても、その声は耳から離れなかった。
人混みのざわめきに紛れるはずなのに、私にははっきりと聞こえ続けていた。
——「亮介ー!」
胸に沈んだ小さな不安は、やがて大きな波となって、私の心を揺さぶり始めていた。