
第33話「差し出されたフルーツ」
玄関先で差し出された袋を両手で受け取ると、ずっしりとした重さが手に伝わった。
透明の容器の中で、苺やオレンジ、キウイの鮮やかな色が光っている。
それだけで、泣き疲れた心が少しだけ和らいでいく気がした。
「ありがとう……」
私が小さく呟くと、亮介は首を横に振った。
「いや、気にしなくていいよ。ちょっとでも食べられたらいいなって思っただけ。……邪魔しちゃ悪いし、俺は帰るよ」
軽く笑ってそう言うと、彼は踵を返そうとした。
その背中を見た瞬間、胸がぎゅっと締めつけられる。
——帰らないで。
心の奥から声が響いた。
この静かな部屋に一人残されることが、どうしようもなく怖かった。
気がつけば、言葉が口を突いていた。
「……待って。一緒に……食べよ」
自分でも驚くくらい小さな声。
でも亮介は振り返り、目を見開いた。
「え、でも……」
遠慮するように眉を下げる。
私は慌てて言葉を重ねた。
「ほんの少しでいいの。一人じゃ食べられそうになくて……。だから……お願い」
しばらくの沈黙のあと、亮介はふっと柔らかく笑った。
「……分かった。じゃあ、少しだけ」
彼は靴を脱ぎ、そっと部屋に上がった。
テーブルの上にフルーツを広げ、二人で向かい合って座る。
フォークを一口分すくい、口に運ぶと、甘酸っぱい果汁が舌に広がった。
体の奥まで潤っていくようで、涙がにじみそうになる。
「……おいしい」
そう呟くと、亮介が静かに頷いた。
「だろ? これなら少しは元気出るだろうって思ったんだ」
私は下を向いて、小さく笑った。
ほんの一瞬でも、重く沈んでいた胸の奥に、光が差し込んだ気がした。