
第65話「書いてしまった名前」
誠は、病室の椅子をゆっくりと引き、私のベッドのそばに腰を下ろした。
手にはまだ病院の受付で渡された書類が握られていて、その指先に力がこもっているのが分かった。
「……病院から、いきなり連絡が来て驚いたよ」
静かに、けれど少し掠れた声で言った。
「母子手帳に、俺の名前が書いてあったって……」
私は視線を落とし、布団の端を指先で握りしめた。
胸の奥が熱くなり、言葉を探すけれど、喉が詰まって声にならない。
「……ごめん」
ようやく絞り出した声は震えていた。
「どうして……あんな欄に……名前、書いちゃったんだろう。書かなきゃよかったのに……」
涙がにじんで視界が滲む。
自分で選んだ行動なのに、後悔が胸を締め付ける。
病院に呼ばれて来てしまった誠を見て、余計に心が乱れた。
「私……自分で自分を追い詰めてばかりで……」
言葉は途切れ、喉の奥で嗚咽に変わった。
誠は黙って私を見ていた。
その瞳に、責める色はなく、ただ複雑な迷いと戸惑いが揺れていた。
ベッドの上で肩を震わせながら、私は心の底から自分を責め続けていた。