
第77話「三つの重み」
病室のドアが静かに閉まり、誠の足音が遠ざかっていった。
その瞬間、張り詰めていた糸がぷつりと切れたように、全身から力が抜けていく。
静まり返った部屋に、心臓の音と、かすかな呼吸の音だけが響いていた。
私はベッドに横たわり、天井を見上げた。
——誠。
三年も一緒に過ごして、誰よりも近くにいた人。
彼の優しさも弱さも知っている。
それでも、やっぱり心は彼を求めてしまう。
さっきの言葉が胸の奥に刺さったまま、どうしても消えない。
——亮介。
彼の明るさに何度救われただろう。
肩を貸してくれて、笑わせてくれて、それでいて時折見せる真剣な眼差し。
彼の存在が、今の私を支えてくれているのは間違いない。
けれど、山形に帰ろうとしている。
手を伸ばしても、いずれ遠くに行ってしまう人。
——そして、お腹の子。
かすかな命の重みが、確かに私の中にある。
守らなければならない存在。
だけど、仕事もなく、支えてくれる家族もいない。
未来を考えると、不安で胸が押し潰されそうになる。
「……どうしたらいいの」
声に出した途端、涙が頬を伝った。
誠にすがりたい。
でも、彼には背負うものがありすぎる。
亮介に甘えたい。
でも、彼の未来を縛る資格なんて私にはない。
その狭間で揺れる心が、ひどく惨めで、情けなくて、ますます涙が止まらなかった。
私は枕に顔を押し付け、声を殺して泣いた。
涙に濡れた布地が冷たくて、その冷たさが、今の自分の孤独を突きつけてくるようだった。
——誠の想い。
——亮介の未来。
——お腹の子の命。
三つの重みをどう抱えて生きていけばいいのか。
答えは見つからず、ただ夜だけが深まっていった。