
第60話「夜道の涙」
店を出た瞬間、夜の空気が冷たく肌を撫でた。
街灯に照らされた細い路地を、私はただ俯いて歩いた。
——山形に帰る。
瑞稀が言ったその言葉が、耳の奥で何度も何度も繰り返される。
「あと二週間で……」
思わず口の中で呟くと、胸がぎゅっと縮んだ。
誠に別れを告げられてから、やっと少しずつ呼吸ができるようになってきたと思っていた。
でも、今度は亮介までもが遠くへ行ってしまう。
そんな未来を想像するだけで、足元がぐらつくようだった。
「……なんで、いつも」
涙が溢れそうになるのを必死にこらえる。
街を行き交う人々は笑い声を上げ、携帯を覗き込み、恋人と肩を寄せ合って歩いている。
その光景が眩しすぎて、余計に孤独が突きつけられる。
——亮介の笑顔。
——誠が最後に見せた背中。
二つの影が胸の奥で交錯し、心臓が苦しくてたまらなかった。
ようやく自宅の前にたどり着き、鍵を差し込む手が震えた。
扉を閉めた途端、堰を切ったように涙が頬を伝い落ちる。
「どうしたら……いいの」
声にならない声を漏らしながら、ベッドに身を投げ出した。
暗闇の中、天井を見つめても、答えはどこにもなかった。