
第45話「静かな眠り」
涙が尽きるまで泣き続けた私は、やがて呼吸を乱したまま力なく項垂れた。
亮介はしばらく黙って背中をさすり、私が少しずつ落ち着いてきたのを確認すると、ふっと短く息を吐いた。
「……ここじゃ落ち着けないな」
そう呟くと、私の身体をそっと抱き上げた。
驚くほど軽やかで、でも確かに支えられている安心感に、私は抵抗する力を失っていた。
階段を上がる足音が静かに響く。
店の2階にある亮介の部屋——彼が寝起きしている小さな空間へ運ばれていくのが分かった。
ベッドの柔らかな感触に背中が沈む。
シーツからは洗い立てのリネンの香りがして、涙に濡れた頬を優しく包み込んでくれた。
「少し休め。大丈夫だから」
亮介はブランケットを私の肩までかけ、前髪にかかった涙の跡を指先でそっと払った。
私は重たいまぶたを持ち上げようとしたけれど、もう目を開けることができなかった。
——ありがとう。
声に出すことはできなかったが、胸の奥で呟きながら、私は眠りに落ちていった。
その寝顔を見届けると、亮介は静かに部屋を出た。
階段を降り、店のカウンターへ戻ると、棚からグラスを一つ取り出す。
琥珀色の液体を注ぎ、明かりを落とした店内でひとり静かに口に運んだ。
ジャズの余韻だけが流れる中、彼の瞳はグラス越しに揺れていた。