
第39話「交差する視線」
誠の背中が、夜の街灯の下でゆっくりと遠ざかろうとしていた。
呼び止めたいのに声が出ない。
妊娠したことを伝えようと唇を動かしても、言葉にならず、ただ喉の奥で震えて消えていった。
そのとき——。
「……あれ? 楓?」
バーの扉が開き、明かりと共に人影が現れた。
亮介だった。
手には空のグラスが入ったトレイを持っていて、ちょうど外に出ようとしたところだったのだろう。
彼の視線がまず私を捉え、そして誠へと移った。
一瞬の沈黙。
その目が、すべてを察したかのように揺れた。
「こんばんは……誠さんも」
亮介が少し驚いた顔をしながら声をかけた。
誠は振り返り、苦笑いを浮かべる。
「……あぁ、久しぶり」
私の胸は大きく波打った。
二人の視線が交わるその瞬間、空気が張りつめる。
逃げ出したいのに、足が動かない。
誠に背を向けたくないのに、亮介の目もまともに見られなかった。
「どうしたの? 二人で外に?」
亮介の問いは自然なものだった。
けれど私には鋭い刃のように感じられた。
「いや……ちょっとな」
誠は短く答えると、視線を逸らした。
その横顔は、何かをこらえるように硬く歪んでいた。
私は必死に呼吸を整えながら、二人の間に立ち尽くすしかなかった。
心臓の鼓動が、まるで街全体に響いているように大きく聞こえた。