
第41話「涙の告白」
店内に足を踏み入れると、ジャズの音が温かく迎えてくれた。
マスターがカウンター越しに目を細めて微笑む。
「おや、珍しい組み合わせだね」
私と誠、そして亮介が横並びにカウンターへ腰を下ろした。
照明の下で、グラスが淡く輝いている。
「じゃあ、せっかくだし乾杯しようか!」
亮介が明るく声を上げ、三つのグラスがカウンターに置かれた。
誠には濃いハイボール、亮介はジントニック。
そして私の前に置かれたのは、透明なジンジャーエールだった。
「……あれ、楓。お酒じゃないんだ?」
誠が驚いたように眉を寄せた。
隣のマスターも、少し不思議そうに目を細めてこちらを見ている。
「う、うん……ちょっと、体調がね」
私は笑ってごまかした。
本当の理由を口にできるはずもなく、ジンジャーエールの泡に視線を落とした。
「……そうか」
誠はそれ以上は聞かず、グラスを掲げた。
「じゃあ、久しぶりに……乾杯」
三つのグラスが軽く触れ合い、澄んだ音が響いた。
——その後。
誠のグラスはどんどん空いていった。
マスターも心配そうに見ていたが、止めることはしなかった。
彼の背筋は次第に丸まり、言葉少なに俯いていく。
そして突然、かすかな嗚咽がカウンターの上に落ちた。
「……ごめん」
誠の声が震えていた。
私は息を呑んだ。
「この一ヶ月……色々ありすぎて……どうしていいか、分からなかったんだ」
彼は顔を上げず、震える声で続けた。
「元の妻が……病気で、亡くなった。娘を……小学三年のあの子を、俺が引き取らなきゃならなくなったんだ」
重苦しい空気が店を包んだ。
誠は拳を握りしめ、さらに言葉を絞り出した。
「会社からはマレーシアへの転勤を打診されていた。出世のチャンスだった。……でも、娘を一人残して海外になんて行けない。だから、日本に残るしかなかった」
声が詰まる。
その横顔は、強さと弱さが入り混じった男の姿そのものだった。
「……楓。素直に言えなくて、ごめん」
グラスを見つめたまま、彼は泣き崩れた。
その涙は、言い訳でも強がりでもなく、ただの真実の叫びのように見えた。
私は何も言えず、ただ胸の奥が締めつけられるのを感じていた。