
第50話「すれ違いの少女」
朝の空気は冷たく、けれどどこか澄んでいて、眠気の残る頭を少しずつ覚ましてくれる。
私はバーの扉を押し開け、一歩外へ踏み出した。
その瞬間——。
「きゃっ!」
細い声と同時に、小さな衝撃が肩に走った。
「あ、ごめんなさい!」
慌てて顔を上げると、そこには制服姿のような若い女の子が立っていた。
まだ10代後半に見える。
大きな瞳を瞬かせ、こちらをちらりと見たあと、小さく会釈を返してきた。
「いえ……私の方こそ」
そう言って身を引くと、その子は何事もなかったかのように足早に扉へと向かった。
そして次の瞬間、バーの扉を迷いなく開け、弾んだ声を響かせた。
「亮介ー!」
あまりにも馴れ馴れしい呼び方に、思わず足が止まった。
扉の奥から流れ出すジャズの音色と、その声が混ざり合い、胸の奥に小さなざわめきが広がっていく。
私の知らない亮介の顔。
私の知らない彼の日常。
それを垣間見たような気がして、心臓が妙に早く打ち始めていた。