
第22話「濡れた秘密」
雨音はまだ窓を叩いていた。
二階の部屋は狭いけど、不思議と安心できる空間だった。
ベッドの端に腰掛けたまま、私は両腕で膝を抱え、泣き疲れてぼんやりしていた。
「楓、お腹減ってるだろ?」
亮介が立ち上がり、笑顔を見せた。
「ちょっと待ってろよ。下でカレー作ってくる。あれ、うちの店の人気メニューなんだ」
「……そんな、悪いよ」
「遠慮すんな。あったかいもん食べたら、少しは元気出るから」
そう言って、彼は軽快に階段を降りていった。
私はベッドに横になり、手をお腹に当てた。
小さな命がいる。
でも、それをまだ誰にも言えていない。
——誠にも。亮介にも。マスターにも。
やがて、階段を上がる足音。
ドアが開き、スパイスの香りがふわっと広がった。
「はい、お待たせ!」
亮介がトレーを持って入ってくる。
湯気の立つカレーは、食欲をそそるはずなのに——。
「っ……」
鼻をついた瞬間、胃がぎゅっと縮んだ。
込み上げる吐き気に、私は慌てて立ち上がる。
「楓!?」
驚く亮介の声を背に、トイレに駆け込み、便器にしがみついた。
「ごほっ……うっ……!」
涙と汗が混じり、髪が顔に張り付く。
止められない吐き気に体が震えた。
ドアの外で、亮介の戸惑う声。
「楓……大丈夫か? 開けていい?」
「……だ、大丈夫。ちょっと、においで気持ち悪くなっただけ……」
必死に取り繕う声が震えている。
しばらくして吐き気がおさまると、私は水で口をすすぎ、顔を洗った。鏡に映る自分は真っ青だった。
ドアを開けると、心配そうな亮介が立っていた。
その目は、ただ事じゃないと悟っている。
「……楓」
低い声で、彼は私を見つめた。
「もしかして——」
私は思わず視線を逸らした。
秘密がバレそうになる恐怖と、でも誰かに気づいてほしい気持ちが胸の中でぶつかり合う。
雨の音がやけに大きく響いていた。