
第48話「朝の会話」
階段を下りると、カウンターに立つ亮介の姿が目に入った。
黒いシャツの袖をまくり、手際よくグラスを拭いている。
窓から差し込む朝の光が彼の横顔を照らし、夜のバーとは違う穏やかな雰囲気を纏っていた。
「……おはよう」
少し照れくさく声をかけると、亮介はすぐに顔を上げ、にっと笑った。
「お、起きた? おはよう。よく眠れた?」
「うん……。ぐっすりだった。ありがとう」
私は頬を赤らめ、視線を逸らす。
昨夜あんなふうに泣き崩れた自分を思い出すと、恥ずかしさが込み上げてきた。
「そりゃよかった。……ほら、昨日の夜は泣きすぎて疲れてただろ。顔は……まぁ、ちょっと腫れてるけど」
亮介は冗談めかして笑いながらも、目は優しかった。
「う、うるさいな……」
私は小さく笑い返した。
心の重さが完全に消えたわけじゃないけれど、この軽いやり取りが救いだった。
カウンターには、トーストとカットしたフルーツの皿が置かれていた。
「朝ごはん、用意してみた。ちゃんと食べないとダメだからな」
「……ありがとう」
フォークを手に取りながら、胸の奥が少し痛んだ。
こんなにも自然に支えてくれる人がいるのに、私の心はまだ誠の涙に縛られている。
亮介はそんな私の表情を見て、何も言わなかった。
ただ静かにカウンターの端に寄りかかり、私がフルーツを口に運ぶのを見守っていた。
——その瞳の奥に、彼自身の迷いが潜んでいることなど、私はまだ気づいていなかった。