連続小説

小説「恋愛依存」第82話 -抜け出せない女の奮闘記-

第82話「それぞれの葛藤」 

病院の出口に立つ三人。

誠は荷物を持ち、亮介は紙袋を握りしめ、私は二人の間に挟まれていた。

けれど、そこに言葉の刃はなかった。

互いに視線を交わしながらも、争うのではなく、それぞれの胸に抱えたものが重く沈んでいるのが分かった。

誠は静かに口を開いた。

「……俺は娘を選んだ。栄転の話もあったけど、マレーシアに行けば、あの子はひとりになる。……母親を亡くしたばかりの小三の子に、そんな思いはさせられない」

少し間を置き、誠は真っ直ぐに私を見た。

「だけど……楓。お前とお腹の子の責任は持ちたい。何かあれば、すぐにでも駆けつける。結婚とか、そういう形じゃなくてもいい。俺はそばにいて支えることはできる。だから……いつでも頼ってくれ」

その言葉に胸が震えた。

誠の中には確かに迷いがある。

けれど、逃げているのではなく、誠なりの誠実さで私に向き合おうとしていることが伝わってきた。

亮介はしばらく黙って私を見ていた。

誠を見る私の表情が、まだ彼を心から愛しているということを示していたからだ。

その姿を見て、亮介は静かに口を開いた。

「……安心した。楓のお母さんもいるし、誠さんもいるし、これで安心して、俺は山形に帰る。

親父の酒屋を継ぐって決めたんだ。……楓、お前には誠さんがいる。だから、もう大丈夫だな」

そう言って、握りしめていた紙袋を私に差し出した。

「……体に気をつけろよ」

私は受け取る手を震わせながら、声を出せなかった。


三人ともに、それぞれの人生に葛藤を抱えていた。

誠は娘を選びながらも、私と子供を守る責任を背負おうとしている。

亮介は私を想いながらも、私が誠を求めていることを悟り、山形に帰る決意をした。

そして私は——残り一ヶ月で職を失い、子供を産むかどうかの選択を迫られている。

三人の影が、夕方の光に長く伸びる。

互いに言葉を交わすことなく、それぞれの思いを胸に抱えたまま、病院を去っていった。

——重なり合うことのない葛藤を背負いながら。