
第81話「交差する視線」
退院の日の朝。
荷物をまとめながら、まだ決断できない未来のことを思い、胸が重く沈んでいた。
ノックの音がして、扉が少し開いた。
「……楓、調子はどうだ?」
誠が静かな声で入ってきた。
「うん、なんとか……」
笑おうとしたけれど、ぎこちなさは隠せなかった。
誠は私の荷物に視線を落とし、淡く笑った。
「送っていくよ。ひとりじゃ大変だろ」
その一言に胸が少し温かくなる。
けれど同時に、言葉にできないざわめきも広がっていった。
病院の出口へ向かう廊下。
誠が荷物を持ち、私の歩調に合わせて歩いてくれる。
扉を抜けた瞬間、思いがけない声がした。
「……楓!」
振り返ると、そこに亮介が立っていた。
手にはコンビニの紙袋。
表情には驚きと安堵と、複雑な感情が入り混じっていた。
一瞬にして空気が張り詰めた。
誠は立ち止まり、静かに亮介を見た。
「……来てたのか」
亮介は視線を逸らさず、短く答えた。
「心配だったから」
二人の間に流れる沈黙が重く、息が詰まる。
私は思わず声を絞り出した。
「……あの、二人とも……本当にありがとう」
誠の手には私の荷物。
亮介の手には温かいスープが入っているであろう紙袋。
どちらも私を気遣ってくれている証。
その狭間に立つ自分の存在が、どうしようもなく苦しくて、目の奥が熱くなるのを感じた。