
第71話「帰らなければならない理由」
「一人よりも二人いた方がいいだろ。無理して抱え込むなよ」
その言葉に胸が揺れて、私は返事をすることができなかった。
ただ、涙がこみ上げそうになるのを必死でこらえた。
しばしの沈黙のあと、亮介は深く息を吐き、視線を窓の外に向けた。
「……ほんとはさ、俺だってまだ東京にいたいんだ。バーも好きだし、楓やマスターや……色んな人と出会えたから」
声が少しだけ掠れていた。
「でも……親父の酒屋がもう限界なんだよ。後継ぎもいないし、母さん一人じゃ店を回せなくてさ。閉めるか、俺が帰るか、どっちかしかない」
私は息をのんだ。
その言葉に、彼が抱えてきた重さが一気に伝わってきた。
「……亮介……」
「東京で夢を追いたい気持ちもある。でも、放っておいたら、店も、親も全部ダメになっちまう。だから帰らなきゃって思ってる」
彼は苦笑し、頭をかきながら続けた。
「かっこいいこと言いたいけどさ……結局、家族に甘えてばかりだったんだよな。今度は俺が支える番だって、そう思うんだ」
一瞬言葉を切って、私をまっすぐに見つめた。
「……でもな、楓のことも心配なんだ。強がってるけど、本当は無理してるの、分かるから」
その真剣な横顔に、胸が締め付けられた。
——応援したい。
でも同時に、失いたくない。
二つの想いがせめぎ合い、私は唇を噛んで、声にならない気持ちを必死で飲み込んだ。