
第57話「妹のような存在」
私は席を立ち、重い足取りでトイレに向かった。
鏡の前に立つと、そこに映る自分の顔は疲れ果てていて、どこか情けなく見えた。
「……私、何をしてるんだろう」
ぽつりと呟いた声が、狭い空間に響く。
お腹の奥には新しい命がいるのに、不安ばかり抱えて、嫉妬して、誰かにすがろうとしている。
そんな自分を見つめながら、目尻から小さな涙がこぼれ落ちた。
深呼吸を繰り返し、ようやく気持ちを整えてドアを開けた。
カウンターに戻ろうとしたとき、亮介がこちらに気づいて声をかけてきた。
「楓、こっち」
その横には、さっきの少女がちょこんと座っている。
「紹介するよ。こいつ、瑞稀。東京の大学に通ってる一年生で、十九歳」
亮介が笑顔で肩に手を置く。
「俺と同じ山形出身でさ、昔から近所に住んでたんだ。小さい頃からよく一緒に遊んでて……妹みたいな存在かな」
「妹って言うなってば!」
瑞稀がムッとした顔でストローを噛んだ。
「もう大学生なんだし、子ども扱いやめてよ」
その反応に亮介はケラケラと笑うだけで、本気で拗ねていることに気づかない。
でも私は気づいた。
瑞稀の瞳の奥に、ほんの少しの寂しさと嫉妬が揺れているのを。
私は笑顔を作りながらも、胸の奥がざわめくのを止められなかった。
——妹。そう言い切る亮介の無邪気さ。
——そして拗ねる瑞稀の表情。
二人の関係に、自分の居場所を探そうとしている自分が、また鏡に映る顔のように浮かび上がってきた。