
第42話「言えない言葉」
誠の肩が小さく震えていた。
「……楓。素直に言えなくて、ごめん」
そう言ったきり、彼はグラスを見つめながら泣き崩れた。
その背中を見つめるうちに、私の胸の奥に込み上げてくるものがあった。
——今しかない。
妊娠していることを伝えなければ。
この子の存在を、誠に知ってもらわなければ。
唇が震え、喉の奥で言葉が形を作りかける。
「……あのね、私……」
でも、そこで声は途切れた。
誠が苦しげに顔を歪めるのを見てしまったから。
彼がどれほど多くのものを背負い、どれほど娘のことで心をすり減らしているかを知ってしまったから。
——これ以上、何かを背負わせていいの?
——私が言ったら、彼の人生をさらに重くしてしまう。
心の声が私の口を塞いだ。
「……楓?」
誠が泣き腫らした目で私を見た。
問いかけられた瞬間、言葉が喉に詰まり、私は慌ててジンジャーエールを口に運んだ。
冷たい炭酸の泡が、逃げ場のない胸の苦しさをかき消すふりをしていた。
マスターはグラスを拭く手を止め、静かに二人を見守っていた。
亮介は何も言わず、けれどその眼差しは私の小さな震えをすべて見抜いているようだった。
——言えなかった。
たった一言なのに、どうしてこんなにも重くて遠いんだろう。
カウンターに流れるジャズの旋律が、いつもより切なく響いていた。