
第36話「静かな一週間」
朝目を覚ましたとき、亮介の姿はすでになく、テーブルの上には温かいスープと、短いメモが残されていた。
「無理するなよ。何かあったら、すぐに頼れ。」
その字を見ただけで、胸の奥に温もりが広がったのを今でも覚えている。
泣き疲れて眠ったあの夜から、一週間が経った。
それからの私は、少しずつ体調を取り戻していった。
妊娠の影響で吐き気や倦怠感はあるものの、以前のように何もできず泣き崩れるだけの日々からは抜け出せた。
職場でも無理をせず、こまめに休憩を取り、昼休みには外の空気を吸うようにした。
「今日はちょっと楽に過ごせたよ」
「まだ吐き気はあるけど、昨日よりはマシ」
そんな短い報告を、夜になると亮介にメッセージで送った。
彼からの返事は、いつもシンプルだった。
「よかった。無理するなよ」
「食べられそうなものがあれば、言ってな」
余計なことは言わず、ただ必要な言葉だけを置いていってくれる。
その距離感が心地よくて、私は少しずつ自分を取り戻せるようになった。
けれど、心の奥底ではまだ大きな波が渦巻いていた。
誠のこと。
彼から連絡が来ないまま、私は一人で未来を抱えている。
亮介の優しさに支えられながらも、心のどこかで「もし誠が隣にいてくれたら」と願ってしまう自分がいる。
そして、これからどう生きていくのか。
子どもを育てていけるのか。
結婚に逃げたいだけだった私が、本当に母親になれるのか。
不安と少しの希望を行き来しながら、時間だけがゆっくりと進んでいった。
静かな一週間。
その間に、私はようやく「これからを考える」という心の準備を整え始めていた。