
第59話「届かない言葉」
「待たせたなー!」
買い出し袋を片手に、亮介が明るい声で戻ってきた。
額にうっすら汗が光り、いつもの軽快な笑顔を浮かべている。
「楓、顔色どうだ? さっきよりは……」
心配そうに近づいてくるその眼差しに、胸が痛んだ。
本当はここで全部聞きたい、確かめたい。けれど、今は耐えられない。
「……ごめん、亮介。ちょっと用事があって」
無理に笑みを作って言う。
「え? もう帰るのか?」
「うん……病院の予約があって。行かなきゃいけないの」
口から出た言葉は嘘。けれど、そう言うしかなかった。
亮介はしばらく黙って私を見つめ、そして小さくうなずいた。
「……わかった。無理するなよ」
その声に背中を押され、私はカウンターに軽く会釈し、足早に店を出た。
外の夜風が頬に触れ、胸の奥がきりきりと痛む。
——二週間で山形に帰る。
その言葉が頭の中でこだまして、歩みを乱していた。
バーに戻った亮介は、買い出し袋をカウンターに置き、ふぅと息をついた。
その隣で、瑞稀がストローを回しながらにやりと笑う。
「ねぇ、亮介。さっき楓さんに話したよ。あと二週間で山形に帰るって」
「……は?!」
亮介の声が裏返った。
「だって言ってなかったんでしょ? 黙ってるのズルいと思ってさ」
「お前……なんでそんなこと!」
亮介は思わず声を荒げ、髪をかきむしった。
「まだ……まだ言うつもりじゃなかったのに……」
瑞稀は肩をすくめてジュースを啜る。
「だって、知っておいた方がいいじゃん。楓さんだって困るでしょ」
亮介は唇を噛み、黙り込んだ。
カウンター越しに広がる沈黙の中で、彼の心臓の鼓動だけがやけに大きく響いていた。